宗教に誘ってくる友人の断り方に悩む、私って優柔不断なのかな?

お悩み
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職場で仲良くなった友人がいるのですが、私にやたら、宗教を勧めてきます。神様を信じてると自分に返ってくるとか、厄年の時はこうしなきゃいけない、八方塞がりの年だから~したらダメ、病院や引っ越しは方向を見なきゃダメとか、先祖の供養をしないといけないなど色々言ってきます。自分はそういうのを信じて、その通りやって、こんな事が自分の身に起こった。こんな信じられない事が起こったなどといって、もう根っからの信者なのです。集会に行ったり、供養をした方がいいと言われますが、その時はそうだよね、と思っても家に帰ると、なんでハッキリ断らなかったんだろうと後悔してしまいます。

宗教に誘ってくる友人

友人が私に宗教のようなものに誘われています。私は家を建てる事になったのですが、方向がどうだ、引っ越しの日や、厄年には家を建ててはいけない、一緒に住む人の相性が悪い、地鎮祭に時はこうしなきゃいけない、などと言ってくるのです。

確かに家を建てる時には厄年に建てるといけないということはよく言われることですが、私は厄年ではありません。女性の場合厄年は、19歳、33歳、37歳、61歳と言われます。でもその宗教だと、何故か厄年になるようなのです。宗派によっても厄年が違うことはあるようですが、友人の信じている宗教は、一生のうちに何回もあるのです。

だから、何回もある厄年の年に、事故や病気、会社でのトラブル、離婚などが当てはまってしまうと、全部当たってると思い込んでしまい、その宗教を信じてしまってるようなのです。厄年が何回もあれば、その中に当てはまる確率は高くなって当然ですよね。

信者は仲間を誘って勧誘する

友人は、私が新居に引っ越しをする、いい日を調べてあげるといい、いい日を見てくれるだけだったらいいかなと思い、食事をする約束をしたのですが、信仰者の上の人に聞いた方が色々詳しいことがわかるからと、しよその人も一緒に食事をしない?と誘ってきました。

私は、特に聞きたい事もないし、不安になるようなことを言われても嫌だからと断りました。後日また友人と逢う機会があったのですが、その時は何も私に断りもせず、信仰者の上の人も、こっちに用事があるから呼んであるといって後からその上の人も一緒に食事をすることになったのです。

私は、「えっ、そこまでする?」と思いました。一回その人と会う必要もないし、相談する事もないと断ったにも関わらず、勝手にその上の人を呼んでいたのです。

案の定、厄年には家を本当は建てるものじゃない、方向がどうだとか、一緒に住む人の相性が悪いだとか、私が厄年で、一緒に住む家族も厄年の人がいるからなどと、結局すべて今は最悪の状況だと言われてしまいました。

家を建てる計画も、6年程前からしており、色々なことを乗り越えてやっとここまで来て、今となった訳ですが、これから新居で生活するのに、最悪な状況だと言われ、本当に暗い気持ちになりました。

結局、今の最悪な状況を回避する為には、先祖を供養していけば、いい方向へ進んでいくよということなんですが、お布施という言葉は使いませんが、お金がかかるということです。

信者は信じ切っている

信者の方は、その宗教を信じ切っているので、本当にいいからと思って私に誘ってくるのだと思います。
宗教の中でノルマとかがあるのかはわかりません。その友人は、神様を信じればこんないいことがあるよ、人生いい方向に導いてくれるよ。だから、皆にも知ってもらいたいと思って勧めてくるのかもしれません。

何かに悩んでいたり、何かにすがりたい気持ちでいた人には、話を聞けばスッと信じてしまうかもしれません。私の場合、別に何にも悩んでいなかったし、何かにすがりたい気持ちもまったくありませんでした。宗教に入る人は、運命のようにその世界へ導かれていくのだと思います。

断り切れない自分

友人の事は嫌いではないので、話は、そうだねそうだねって聞いてしまうのですが、宗教に入るつもりもないし、信仰する気持ちもありません。ただ、話を聞くと、けっして悪い事ではないし、先祖を大切にすることも正しいと思うので、本人にハッキリと否定することはできない自分がいます。

こういうのを優柔不断というのでしょうが、嫌いな人ではないのでハッキリと言えないんですよね。