青天を衝け・慶喜が大政奉還後、謹慎していた場所は静岡の宝台院

青天を衝け

大政奉還後、将軍の座を退いて、は慶喜は水戸で4カ月、静岡で1年謹慎していました。静岡での謹慎の場所は宝台院でした。そして、渋沢栄一も慶喜に逢いに宝台院に訪れたようです。慶喜と栄一の関係は慶喜が将軍を退いてからも深い繋がりがあったようです。

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慶喜が謹慎していた静岡県宝台院

徳川慶喜が大政奉還後、将軍を退いて謹慎していた場所が静岡県の宝台院です。宝台院には「徳川慶喜公謹慎之地」として残されています。

徳川慶喜謹慎之地
★★★★★ · 史跡 · 常磐町2丁目13−2

渋沢栄一はこの静岡の地で、慶喜と再会します。身をやつした慶喜を栄一は支えようと決意します。将軍を退いても、慶喜と栄一の関係は途切れることはなかったそうです。また慶喜も隠居生活の時には、渋沢栄一らの一部の人しか会わなかったようです。